日本野鳥の会とバードライフ・インターナショナルは、日本沿岸域での刺し網漁による海鳥混獲のリスクを把握し、海鳥と海洋環境の保全に役立てるため、海鳥研究者と共同で2018~2019年度にかけて刺し網漁の調査を行い、混獲リスクマップを作成しました。
刺し網漁による海鳥の混獲を削減し、漁業との共存をはかるために、海鳥の繁殖地および採餌範囲と、刺し網漁の情報を重ね合わせ、混獲のリスクが高いエリアを推定する。
刺し網による混獲が記録されている海鳥のうち、日本で繁殖する潜水性海鳥10種(カワウ、ウミウ、チシマウガラス、ヒメウ、ウミガラス、ケイマフリ、ウミスズメ、カンムリウミスズメ、ウトウ、エトピリカ)を対象とし、コロニーの位置と採餌範囲データを利用。
〔採餌範囲〕
種名 | 環境省レッドリスト | 採餌範囲 (km、コロニー中心からの同心円) |
カワウ | なし(LC) | 15 |
ウミウ | なし(LC) | 34 |
チシマウガラス | 絶滅危惧IA類(CR) | 5 |
ヒメウ | 絶滅危惧IB類(EN) | 10 |
ウミガラス | 絶滅危惧IA類(CR) | 84 |
ケイマフリ | 絶滅危惧Ⅱ類(VU) | 5 |
ウミスズメ | 絶滅危惧IA類(CR) | 67 |
カンムリウミスズメ | 絶滅危惧Ⅱ類(VU) | 36 |
ウトウ | なし(LC) | 100 |
エトピリカ | 絶滅危惧IA類(CR) | 30 |
日本沿岸域の水深100m以浅の海域(日本海洋データセンターより)
共同漁業権(第二種)のうち、刺し網が含まれる区画(海上保安庁および一部の県より)
注:地図上の区画は、共同漁業権として刺し網が含まれるエリアを示すが、このほか、知事許可で行われる刺し網漁があるため、区画内のみで刺し網漁が行われているわけではない。
都道府県別の年間漁獲量(農林水産省の海面漁業生産統計調査・漁業種類別漁獲量の統計より)
*都道府県ごとに刺し網漁の漁獲量を集計・比較し、刺し網漁が盛んな地域かどうかを判断する参考とした。最も漁獲量が多い都道府県は北海道、次いで宮城県、長崎県、佐賀県、福岡県であった。
●図1.海鳥コロニー・採餌範囲と水深100m以浅の海域
(大きな画像で見る)
※凡例のランクはいずれも環境省のレッドリストに基づく。
●図2.刺し網漁の年間漁獲量と共同漁業権区画
(大きな画像で見る)
混獲のリスクが高いと予測されるエリア(コロニーが多数存在し海鳥の海域の利用が多い、かつ、刺し網漁の漁獲量が多い)を訪問し、刺し網漁の詳細と混獲の有無についてヒアリング調査を行った。
●訪問した地域:
①北海道東部(根室管内)
②北海道北西部(羽幌町・天売島)
③北海道南西部(松前町)
④宮城県(石巻市)
このヒアリングの結果、①北海道東部、②北海道北西部、④宮城県石巻市では、海鳥の混獲事例があった。④宮城県石巻市では、ヒラメやタラを対象に水深100mで漁を行う時は海鳥はかからないが、水深10~20mでシャコ・カレイ漁を行う際にかかることがある、とわかった。一方、③北海道南西部・松前町では、ホッケ・メバル等を対象に沖合の水深120~150mで漁を行うことが多く、海鳥がかかることはまれであるとわかった。日本沿岸域で行われている固定式刺し網漁は海底付近に網を沈める「底刺し網」が主流であるため、漁場の水深が混獲リスクと大きく関連することが示唆された。よって、水深100m以浅の海域をマップに含めた。
日本で繁殖する潜水性海鳥上記10種の、各コロニーにおける個体数を参考とした。ウトウの大規模な繁殖地がある北海道北西部、北海道東部、北海道南西部、宮城県が、国内でも特に海鳥の繁殖個体数が多いエリアであった。
海鳥が生息し、かつ水深が浅い(100m以下)エリアが混獲のリスクが高いと考えられることから、採餌範囲と水深100m以浅を重ね合わせたマップを作成した。
●図3.刺し網漁による海鳥混獲リスクマップ
(大きな画像で見る)
※凡例のランクはいずれも環境省のレッドリストに基づく。
マップと年間漁獲量から、以下のエリアで、刺し網漁による海鳥混獲のリスクが高いことが予測された。
①北海道東部
絶滅危惧種(チシマウガラス、ヒメウ、ケイマフリ、エトピリカ)を含む、海鳥の繁殖地が多く、根室湾から根室海峡にかけては、広範囲にわたり水深が100m以浅となっている。道内でもこの地域は刺し網漁が盛んな(年間漁獲量が多い)ことから、刺し網漁による海鳥混獲のリスクが高いと推定される。
②北海道北西部
絶滅危惧種(ヒメウ、ウミガラス、ケイマフリ、ウミスズメ)及び、ウトウの大規模な繁殖地がある。また、沿岸部から天売島にかけて水深100m以浅の海域が広がっており、刺し網漁による海鳥混獲のリスクは高いと推定される。
③宮城県沖
ウミスズメ、ウトウの繁殖地があり、仙台湾内は水深が100m以浅であることから、刺し網漁による混獲リスクがある。
④九州北西部
烏帽子島・机島(福岡県)周辺、沖ノ島・小屋島(福岡県)周辺も、カンムリウミスズメの繁殖地があり、水深が100m以浅のため、混獲リスクがある。
リスクマップの作成、およびヒアリング調査から、刺し網漁による海鳥の混獲リスクが高いエリアが推定された。
しかしまだ、混獲がどのくらいの規模・頻度で起きているかという情報が少ないため、引き続き情報を収集し、実態を把握しながら対策を検討する必要がある。また、このマップでは海鳥の繁殖期の採餌範囲のデータを使用しているが、非繁殖期の混獲事例もあるため、今後、繁殖期以外の分布とリスクも調べる必要がある。
混獲回避対策については、羽幌町の漁師さんと協働で実験を行っており、効果的な手法が確立された際には、リスクが高い地域の漁業関係者と連携し、対策の導入を提案していきたい。
*刺し網漁による海鳥混獲回避策の洋上実験
この事業は、Kingfisher財団の助成を受けて実施しました。また、リスクマップを作成するにあたり、各都道府県のご担当者にはアンケートやヒアリング調査にご協力いただきました。漁協や漁師さんからは、刺し網漁についてお教えいただきました。海上保安庁からは、共同漁業権区画のデータを提供いただきました。環境省、NPO法人バードリサーチ、各都道府県のご担当者、各地の海鳥研究者から、海鳥のコロニーや採餌範囲に関わるデータを提供いただきました。ご支援、ご協力いただいた皆様に、御礼申し上げます。
<データの出典>
*500mメッシュ水深データ:日本海洋データセンター
*共同漁業権区画:海洋状況表示システム
*刺し網漁の年間漁獲量:農林水産省・海面漁業生産統計調査・漁業種類別漁獲量統計
*海鳥コロニーデータベース(環境省生物多様性センター)
・英文報告書 Hotspot Map Report(PDF/1.28MB)