「風力発電に関する環境影響評価」の要件緩和に対する意見書
2020年12月15日
内閣府特命担当大臣(規制改革) 河野 太郎 様
環境大臣 小泉 進次郎 様
経済産業大臣 梶山 弘志 様
公益財団法人 日本自然保護協会
理事長 亀山 章
公益財団法人 日本野鳥の会
理事長 遠藤 孝一
「風力発電に関する環境影響評価」の要件緩和に対する意見書
先の第203回臨時国会における菅義偉首相の所信表明演説の中で宣言された2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、内閣府に「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」(以下、タスクフォース)が設置されました。12月1日の第1回会議では環境影響評価法にもとづく「風力発電に関する環境影響評価」に対して、河野大臣が風力発電施設への国の環境影響評価の基準緩和を環境省に要請したとされています(12月1日付 日本経済新聞)。この要請について、日本の自然保護と生物多様性保全の観点から以下のように意見を申し述べます。
- 1.環境影響評価法は再生可能エネルギーの導入と生物多様性の保全の両立を図るうえで重要な役割を担っている制度であり、その機能を損ねてはならない
- 開発事業が行われる際に環境影響評価を行うことは、開発行為そのものや立地を規制するものではなく、保全措置を講じることで開発行為がもたらす環境への影響を回避・低減し、地域住民との合意形成を円滑に進めるために必要な手続きです。世界的な気候危機の状況において強く求められる再生可能エネルギーの導入においても、その役割と機能は変わるものではありません。再生可能エネルギーの導入と生物多様性の保全の両立を図るうえで、環境影響評価法は要となる制度として期待されます。今後も法制度を充実していくことが重要です。
- 2.風力発電による環境影響の問題は規模ではなく立地選定によることから、1万kW以上とする現行の規模要件の見直しをすべきではない
- 環境省が2018年に各都道府県と政令指定都市等に行ったアンケートによると、住民からの苦情があった風力発電事業の問題事例において、その70%以上が5万kW以下の事業に対してであることが判明しています(環境省 2018)。風力発電事業による環境への影響は、規模の大小が規定要因ではないことが示唆されます。そのような状況の下、環境影響評価法における第1種事業の対象から1万~5万kWの風力発電事業を外すことは、風力発電事業が環境影響評価法の対象事業になる以前のように、住民との軋轢をさらに深めることとなり、風力発電の導入促進には逆効果となる恐れがあります。
また、風力発電事業が自然環境に与える影響として大きな問題になっている風車への鳥類の衝突(バードストライク)は、発電規模に関係なく立地選定の問題により生じており(浦 2015、Thaxter et al. 2017)、風力発電施設群の総出力が5万kW以下だからといって、鳥類などの自然環境への影響の懸念が少ないとは言えません。そのため、発電規模に関係なく現地の自然環境の特性をふまえた環境影響評価を実施し、環境影響を把握し適切な対応を取ったうえで建設することが重要です。このようなことからも、環境影響評価法の規模要件を現行の1万kWから5万kWに引き上げることを拙速な議論で行うべきではありません。
なおタスクフォースでは、諸外国の規模要件の情報をもとに「規模要件を5万kW以上にすべき」という議論がありましたが、それは米国など一部の国に限るものであり、環境保全と風力発電の導入が進んでいる欧州の多くの国では、より小さな発電規模でも環境影響評価法の対象とされています。さらにデンマークやドイツのような風力発電先進国では規模要件や開発にかかる年数などは日本と同等かそれ以上に厳しくなっており、ゾーニングを伴う戦略的環境アセメントも導入されています。このように環境影響評価を実施する際の規模要件が、再生可能エネルギーの導入促進の妨げになっているとは言えません。
第1種事業の規模要件を5万kWに引き上げた場合には、スクリーニングを行う第2種事業の対象は法の規定によりきわめて狭い範囲になります。そして、第2種事業未満の開発事業は各自治体の条例に基づく環境影響評価において対応することが想定されていますが、現状では、各自治体で規模要件に関する基準や体制の整備が必ずしも整っていません。規模要件の引き上げは、国土全体を視野に入れて環境保全を担う環境省をはじめとする政府の関与を少なくすることになり、無責任な規制改革と評価せざるを得ません。
- 3.環境影響評価の実施期間の短縮は、自然環境の十分な調査と評価ができなくなり、手続きの質の低下を招く
- 環境省が2019年にまとめた資料では、配慮書または方法書から評価書の確定までの所要期間は、従来の平均では43~55ヶ月でしたが、2017年以降は平均では約30ヶ月(2.5年)に短縮したとされています(環境省 2019)。環境影響評価の手続きの各段階には科学的な事実確認が必要です。これ以上の期間の短縮をすることは、重要な生物の現地調査の期間の短縮につながり、文献調査では分からない生物の生息分布や生息実態把握などの調査結果の精度を下げてしまいます。その結果、現地の生物相や生態系を適切に把握できず、事業がもたらす環境影響の評価に誤りが生じることになります。植物においては最低1年以上、希少猛禽類においては2シーズンの営巣期の調査が必要であることは、これまでの環境影響評価の実績と科学的知見からも明らかです。調査期間を短縮することで、風力発電は自然にやさしく、環境配慮を行いながら進める事業といえるものではなくなります。自然環境にとっても迷惑施設になってしまう恐れがあり、風力発電の導入を進めるうえで障害となる可能性があります。
- 4.拙速な要件緩和や期間短縮を進めるのではなく、環境省は早急に検討会を設けてゾーニング制度の充実と規模要件や手続きのあり方を検討すべき
- これまで述べたように、環境影響評価法に基づく手続きを丁寧に進めることにより、環境影響の回避・低減および地域住民との合意形成が促され、社会的な合意が得られた事業は社会的評価をむしろ高め、ひいては風力発電の導入促進に寄与すると考えられます。しかし、このような制度の機能を無視したタスクフォースでの一方的な検討は、情報や検証が不十分なまま進められることなります。河野大臣は、拙速に規模要件の見直しや期間の短縮を環境省へ要請すべきではありません。
風力発電施設をはじめ大規模化する再生可能エネルギーの円滑な導入には、風力発電の導入と自然環境保全の両立を果たしている欧州の環境先進国を見習い、重要な自然環境や希少種の生育生息地、風景地などを回避した適正な立地選定が重要であり、地域主導で導入の促進、保全、要配慮などの区域の選定を伴う、住民が合意して策定するゾーニング制度の導入が必要です。欧州では現に、ゾーニングマップやセンシティビティマップがあるからこそ、余計な地域紛争を生まずに円滑に地域住民との合意形成および立地選定をすることができたとの声を事業者から多く聞くようになっています(日本野鳥の会 2017)。
したがって、環境省は早急に専門家による検討会を設置し、再生可能エネルギーの導入のために、住民合意を含めたゾーニング制度の充実、環境影響評価法の規模要件や手続きのあり方について検討すべきです。
以上
引用文献
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