2005年5月、中国青海湖で約3000羽のインドガンが高病原性鳥インフルエンザで死亡するという大事件が起こりました。その後、夏から秋にかけて西シベリアからヨーロッパへも拡散して、10月には中国の揚子江流域や、遼寧省でも発生しています。インドネシアやベトナム、タイでは人への感染が続き、人-人感染を起こす新型インフルエンザ発生に備える国際会議が、毎週のように開かれています。
日本野鳥の会は、高病原性鳥インフルエンザの広がりによる混乱を防ぐためには、鳥インフルエンザについての正しい知識が必要と考え、野鳥誌2004年11月号で鳥インフルエンザについて特集しました。この度、広く一般の人にも見ていただけるように、この特集記事をホームページでも掲載することにしました。
(2005年11月)
2004年9月、タイ保健省は同国で高病原性鳥インフルエンザが発生したことを確認しました。これを受け世界保健機構は拡大阻止を目指し、警戒を強めています。日本もこれからインフルエンザのシーズンを迎えます。その前に、高病原性鳥インフルエンザとはどんな病気なのか、整理してみましょう。
2003年の冬は、鳥インフルエンザ・パニックとでも言える状況が起こりました。野鳥は大丈夫なのかと聞かれた会員の方もいたでしょう。なぜ、パニックと言わざるを得ない状況になってしまったのか。大量にニワトリが死に、防疫処置をする担当者のものものしい姿が報道され、不安感が高まったことが大きな原因です。不十分な報道や思い込みによる偏見もあったでしょう。
鳥インフルエンザについて考える時に重要なことは、普通の鳥インフルエンザと高病原性鳥インフルエンザを、はっきりと区別することです。普通の鳥インフルエンザは低病原性鳥インフルエンザとも言われるように、鳥が感染しても病気にはなりません。これは、鳥インフルエンザがツンドラ地帯で水鳥たちと仲良く共存してきたウイルスだからです。毎冬、多くのカモやハクチョウたちがウイルスを運んで日本にやって来ますが、これが家畜に移って問題になることはありませんでした。鳥インフルエンザは自然界に組み込まれている、安全なウイルスなのです。
一方の高病原性鳥インフルエンザは、自然界では無害なウイルスが、人間が作った“養鶏場”という高密度で家畜を飼育する状態で、急速に感染を繰り返すうち変異して凶暴化した特別なウイルスです。ウイルスを持っているのは家畜で、感染もほとんどが家畜や肉の流通、養鶏場やアヒル農場間の人やクルマの移動を通して起こっていると考えられています。特にアヒルは、ニワトリに比べ抵抗力があり発症しにくく、感染が広まっていても気づかないことがあります。韓国では、アヒルの移動で感染が広まったとされていますし、過去には中国から輸入された冷凍アヒル肉から高病原性鳥インフルエンザ・ウイルスが見つかったこともあります。このように感染が繰り返された結果、中国南部から東南アジアでは、家畜飼育の間で高病原性鳥インフルエンザが常在化していると考えられています。
このように、普通の鳥インフルエンザと高病原性鳥インフルエンザは、病原性が違うだけでなく、存在する場所も、野鳥との関係もまったく違うので、区別して考える必要があります。また、高病原性鳥インフルエンザは、ニワトリ以外の鳥にも病気を起こす可能性があります。人間界から自然界にウイルスの放出が起これば、多くの野鳥が被害者となるかもしれません。発生農場からは、排水により近くの水系がウイルスに汚染されたり、堆肥置き場に集まる鳥が感染するなどが考えられます。それが数少ない希少種であったら、その影響は極めて大きくなるわけです。
高病原性鳥インフルエンザはどこから来たの?
高病原性鳥インフルエンザは、アジアの広い地域で発生しました。タイ、ベトナム、日本、韓国のウイルスの遺伝子を比較した結果、日本には韓国か、韓国と共通の発生源からやってきたようです。
上の地図で冬鳥の日本への渡りルートと高病原性鳥インフルエンザの発生分布を見比べてみましょう。中国南部や東南アジアで発生したならば、冬鳥が日本に運ぶことはないでしょう。冬鳥の渡りルート上では、韓国および中国東北部吉林省白城で発生しています。これらの地域以北で発生した場合に注意が必要です。
ところで、環境省などが行った調査では野鳥から高病原性鳥インフルエンザは確認されませんでした。また、ウイルスを運んだ証拠もありません。しかし農林水産省は、西日本への渡りルートである韓国で発生したこと、調査した種や数が少ないことから、野鳥がウイルスを運んだ可能性がある、と報告しました。これは病気予防という観点から、野鳥が運んだ可能性は否定できないので予防対策はとらなければ、ということなのです。
鳥インフルエンザは、その名の通り鳥に特有の病気です。これは、普通はウイルスが鳥の細胞にしか侵入できないからです。ウイルスは、遺伝子情報を含んだRNA鎖が蛋白質の殻で包まれただけの生物です。増殖するには、ウイルスが宿主となる生物の細胞に侵入し、細胞の持つ増殖機能を借りなければなりません。鳥インフルエンザ・ウイルスは鳥の細胞表面の糖質を通してしか侵入できず、人間の細胞からは弾かれてしまうため感染することはできないのです。これは高病原性鳥インフルエンザも同様です。確かにタイやベトナムでは人も感染して死者も出ましたが、これは感染したニワトリの糞を含んだ塵を吸い込みウイルスを大量に摂取してしまったなどの特殊な事例と考えられています。
したがって、人が鳥インフルエンザに感染することに対しては神経質になる必要はありません。
鳥インフルエンザが問題となるのは、養鶏場で感染が起こった場合に産業被害が起こるためです。また、ブタなどの家畜や人への感染が繰り返されると、人に感染するウイルスに変異する恐れもあります。
農林水産省の高病原性鳥インフルエンザ感染経路究明チームの報告書では、日本国内へ野鳥が高病原性のウイルスを運んできた可能性があること、水場や飼料、鶏糞堆肥置き場など、養鶏場での野鳥との接点について、総合的な侵入対策を行うことが指摘されたのです。
自然界には高病原性鳥インフルエンザ・ウイルスはありません。野鳥がウイルスを持っているとしたら、京都府のカラスのように発生養鶏場から流出したウイルスに感染したということになります。ですから、養鶏場への感染予防とともに、発生時の自然界へのウイルス流出を阻止することが重要なのです。
さらに検討会報告書では予防について次のように提言しています。
第一は、国際協力。高病原性鳥インフルエンザ・ウイルスは中国から東南アジアに常在化しています。この地域の最新情報を常に入手し、防疫の技術協力を行い、高病原性鳥インフルエンザ・ウイルスを撲滅することが必要です。
そして、もっとも多くの項目を費やしていることに養鶏場の衛生対策の徹底があります。発生のあった養鶏場では、給水管理やネズミ、スズメの侵入対策の不備や衛生意識の低さなど、衛生対策に問題が認められたことが指摘されています。
今回の発生では、野鳥が高病原性ウイルスを運んできた可能性を指摘されながらも、確認はされませんでした。そして、渡り鳥の行動は人間がコントロールできるものではありませんし、するべきでもありません。人間界での病気の広がりは、人や物流を第一に注意すべきなのです。
自然界にはバクテリアやウイルスが多数存在します。だから野生の生き物は、病原体となりうる細菌やウイルスを持っているものです。野生動物との接触では、常に病原体への感染の可能性があることを認識しなければなりません。
そのため野生動物との不必要な接触は避け、娯楽や愛玩のために野生動物を捕獲したり、飼育することは行うべきではありません。庭やベランダに餌台を置く場合では、食べ残しや糞がたまらないように、清潔に管理するよう気をつけましょう。また傷病鳥を見つけ保護する場合は、できるだけ素手で扱わないようにしましょう。そして素手で扱わなくても後で手を洗うよう心がけましょう。
日本国内にウイルスが持ち込まれることがあっても、これらの衛生対策をすることで、被害を抑えることができるのです。
鳥インフルエンザと一緒に取り上げられる病気に、西ナイル熱があります。西ナイル熱はやはり鳥の病気ですが、鳥インフルエンザと異なり人や馬にも感染するため、問題になるわけです。元々は北アフリカ地域の病気ですが、感染した愛玩鳥の持ち込みなど人為的要因で2000年に北アメリカ東海岸にウイルスが侵入したと考えられています。アフリカでは深刻な病気ではなかったのですが、アメリカでは鳥も人もウイルスに対する抵抗力がなかったため、西へ向かって感染が広がり、2004年9月3日現在、西海岸のカリフォルニア州だけで327人の感染者がありました。
西ナイル熱は鳥から鳥へ、蚊を媒介してうつります。鳥から人に直接感染することはありませんが、ウイルスをもった蚊に刺されると、人も感染します。人は感染しても普通は病気にはなりませんが、2割くらいの人は頭痛がしたり熱が出たりします。高齢者や幼児は、重症化して後遺症が残ったり、死ぬこともありますので油断はできません。
日本では、飛行機にもぐりこんだ蚊や渡り鳥を介してウイルスが侵入することを警戒しています。国際空港周辺では蚊を捕獲してウイルスの有無を調査しています。カラス類の死亡率が高いことが知られていますが、他にも多くの鳥が感染するので希少種など野鳥へも深刻な影響があると考えられます。
高病原性鳥インフルエンザも西ナイル熱も、人為的な要因で問題化した病気です。野鳥にしわ寄せが行かないよう、人間側が注意を払うべきなのです。
『野鳥』誌2004年11月号特集より抜粋
普及室(特集企画)/金井裕(執筆)/長嶋浩巳(まとめ)/岩田壮夫(イラスト)