プレスリリース 2007.01.12
カエルツボカビ症侵入緊急事態宣言
2007.1.12
共同署名団体
爬虫類と両生類の臨床と病理のための研究会、日本野生動物医学会
日本生態学会・外来種専門委員会、日本爬虫両棲類学会、野生動物救護獣医師協会
日本動物園水族館協会、野生生物保全繁殖専門家グループ日本委員会(CBSG Japan)
世界自然保護基金ジャパン、日本自然保護協会、日本野鳥の会、生物多様性JAPAN
日本鳥類保護連盟、山階鳥類研究所、日本両生類研究会、オオサンショウウオの会
NPO法人どうぶつたちの病院
世界の両生類(カエル、サンショウウオ、イモリなど) 5,743種のうち、120種が 1980年以降に絶滅したと推測され、さらに1,856種(32%)は絶滅のおそれがあるとされています。このような急激な絶滅を加速させている原因の一つとして、1998年に発見された「ツボカビ症(chytridiomycosis)」があげられています。現在、ツボカビはIUCN(国際自然保護連合)による外来生物ワースト100にもリストされ、世界的な監視が必要とされている感染症です。
ツボカビ症は、真菌の一種であるBatracochytrium dendrobatidisによって引き起こされ、致死率が高く(90%以上)伝播力が強いために世界中で猛威をふるい、すでにオーストラリアや中米の両生類が壊滅的な打撃を受けています。また、野外における防除方法は、確立されていません。野外のカエルに流行した場合、根絶は不可能です。このため、オーストラリアでは輸出入検疫を強化するなど、国をあげて対策に取り組んでいるところです。
この感染症が原因でカエルの個体数が減少したり、絶滅に至る可能性があります。多くのカエル類が減少すると捕食していた昆虫などの増加、カエル類を主な餌としていた上位の捕食者(鳥類やヘビなど)への影響からわが国固有の生態系全体が破壊されてしまう恐れがあります。
ツボカビ症が確認されていないのは、これまでアジア地域のみとされてきました。残念ながら、国内の飼育中のカエルから2006年12月25日にツボカビが検出され、初めてわが国への侵入が確認されてしまいました。
私たち共同署名団体は、この事実を重く受け止め、緊急事態を宣言いたします。わが国に生息する両生類と生物多様性を保全するため、私たち専門家は速やかに行動計画を策定し、可能な限りの努力を尽くす所存です。同時に、それぞれの主体に対し、責任ある行動と以下の提案の実施を期待します。
◆国民の皆様へ
地球規模で両生類が絶滅の危機にあることを理解し、むやみに野生の両生類をペットとして飼育することは慎んでください。なお、ツボカビは、両生類以外には、人を含めた哺乳類、鳥類、爬虫類および魚類には感染したという報告はありませんので安心してください。
すでに飼育している場合、飼育中の個体に異変があれば、すみやかに動物病院や専門の研究機関へ連絡をしてください。ツボカビは、水中を浮遊するため、水の管理が最も重要です。死亡したカエルを飼育していた水槽や水は感染源となります。これらの汚水などを排水口や野外に排水することは、禁物です。当然のことですが、飼育している個体を野外に放つことや死亡した個体を野外に投棄することは絶対にやめてください。飼育中の個体に異変があった場合には、野外の両生類との接触を避けてください。
◆動物輸入および販売業者の皆様へ
取り扱っている個体に異変が見られた場合は、すみやかに動物病院や専門の研究機関へ連絡をしてください。もし、輸入先の国がツボカビ症の汚染地域である場合には、輸入個体が病原体に汚染していないことを確認してください。また、販売を目的とする採集は、控えてください。
◆大学、研究機関、動物園、水族館の皆様へ
両生類を取り扱っている施設では、検疫体制を強化し、必要に応じて予防措置を講じてください。感染が疑われる場合には、すみやかに専門の研究機関に連絡してください。また、ツボカビ症についての正確な情報の周知に努めてください。
◆マスコミの皆様へ
地球規模で両生類が絶滅の危機に瀕していること、ツボカビ症による深刻な影響が世界各地で広がり国際的な共同行動が必要であること、すでにわが国にツボカビ症が侵入し、放置すれば取り返しがつかなくなるおそれがあることなど、メディアを通じて正しい知識を広く国民へ伝えてください。
◆関係省庁の皆様へ
ツボカビ症の侵入により、わが国の生物多様性に取り返しのつかない影響をおよぼすおそれがあることから、実態調査、検疫の強化、販売・流通の監視、検査体制の確立等、すみやかな対策の実施や法制度の見直しを行ってください。
◆自然観察や野外調査を行なっている皆様へ
同時に多数の両生類が死んでいた場合は、すみやかに動物病院や専門の研究機関へ連絡をしてください。不必要な生体の採集・持ち帰りは控えてください。また、ツボカビ症が流行している国でトレッキングに使った靴は、靴底に付いた土を良く洗ってから使って下さい。
■関連情報参照ホームページ
本件に関する詳細な情報(ツボカビ対策解説書、Q&A等)は、次のホームページに掲載されております。
以上
- (本件に関する連絡先)
- 日本野生動物医学会 e-mail: [email protected]
爬虫類と両生類の臨床と病理のための研究会 e-mail: [email protected]
印刷される方はこちらをご利用ください
PDF カエルツボカビ症侵入緊急事態宣言に関するプレスリリース
- 1:ツボカビって何?
- A.真菌(カビ)の1種です。分解菌あるいは腐生菌としてキチン、セルロース、ケラチンといった分解しにくい物質を栄養としています。このため、カエルでは皮膚、オタマジャクシでは口に感染します。
- 2:ツボカビの何が問題なのですか? その1
- A.両生類、特にカエルにツボカビが感染すると、多くのカエルが死にます(致死率90%以上)。さらに、伝播力が強く、次々に広がっていきます(胞子100個程度の感染で、カエルが発症します)。このため、世界中で猛威をふるってイており、特にパナマでは、ツボカビが侵入してから僅か2ヶ月の間に生息していたカエル集団が全滅したという報告もあります。また、これまでに北中南米、アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、欧州と世界中で確認されています。現在では、このツボカビ症が、地球規模で進行している両生類の劇的な生息数の減少や絶滅をもたらしている主な原因ではないかと考えられています。
- 3:ツボカビの何が問題なのですか? その2
- A.ツボカビは、動物に寄生していなくても、野外で長いときには7週間も生き続けます。そして、カエルなどの動物が近くに来ると再び感染します。一旦、野外にツボカビがはびこると、環境中からツボカビを取り除くことは不可能です。このため、世界中でいろいろな対策がとられている現在でも、相変わらず猛威を振るい続けています。
- 4:ツボカビで、何が重要なのか? その1
- A.絶対、野外にツボカビを出さないことです。一旦、野外にツボカビがはびこると、根絶することは不可能です。
- 5:ツボカビで、何が重要なのか? その2
- A.日本には、大変貴重な両生類が数多く生息しています。世界最大の両生類オオサンショウウオは代表的な例です。その他、日本にしかいない両生類をツボカビから守らないといけません。アメリカでは、固有種であるアメリカサンショウウオにも感染が広がったり、アリゾナ州のタラフマラ・カエルがツボカビによって死に絶えたとも報告されています。
- 6.カエルがいなくなると、何がおきますか?
- A. .自然生態系の食物連鎖構造に影響が出ます。つまり、
カエルの数が減ってしまうと、カエルを餌としている動物の数も減ります。カエルの絶滅が他の動物の絶滅を招く可能性があります。たとえば、カエルを食べる動物としてサギなどの鳥類やヘビなどの爬虫類が減ります。カエルやヘビを常食とする種類のタカも餌がなくなります。オタマジャクシやカエルを食べるタガメやトンボの幼虫などの水生昆虫も減ります。あまり知られていませんがイリオモテヤマネコもよくカエルを食べます。また、カエルはかなりの大食漢です。沢山の虫を食べる益獣で、カエルがいなくなると害虫が増え、農業被害が増える可能性があります。
- 7.どうしてこんなに世界中にツボカビがいるのですか?
- A.元々アフリカが起源で、アフリカツメガエルが世界中に輸出され、それとともにツボカビも拡散していったと考えられています。他に、ウシガエルや、ペット用あるいは展示用として取引されている両生類が伝播の役割を果たしている可能性もあります。また、養殖魚や観賞魚とともに輸送される水にツボカビが含まれていて、それによって拡散した可能性も考えられます。また、人の様々な行動が、遊走子を含む土壌や水を、無意識にいろいろな場所に運んでしまうこともあります。
- 8:ツボカビはどうやって感染するのですか?
- A.両生類の皮膚に感染したツボカビは、そこで増殖して、鞭毛の付いた遊走子を水中に放出します。それが水中を泳ぐことで、他の両生類に感染します。そのため、ツボカビ症の予防には、水の管理が重要です。
- 9:人には感染しないですか?
- A.ツボカビは両生類(無尾類、有尾類)と淡水性のエビに感染することが明らかになっていますが、人に感染することはありません。ただし、人は手や靴に付着した病原体を別の場所に運んでしまう危険性があるので、ツボカビに汚染されている可能性のあるカエルを取り扱ったり、生息地に行った場合は、手や靴、備品などを、徹底的に消毒する必要があります。
- 10:熱帯魚のような魚には感染しないですか?
- A.感染しません。人を含む哺乳類、鳥類、爬虫類にも感染しません。
- 11:ツボカビに感染したらカエルはすべて病気になりますか?
- A.カエルの種類によって違います。少なくとも、もともとの宿主であるアフリカツメガエルは無症状で、また、外来種であるアメリカウシガエルは抵抗性があるといわれています。しかし、多くの種類のカエルがツボカビに感染すると病気になると考えられています。
- 12.ツボカビ症になったカエルはどんな状態になるのですか?
- A.食欲不振、沈鬱などの他の病気と区別がつかない症状で始まり、症状が進行するにつれて縮瞳、筋協調不能、縮こまった独特な姿勢、立ち直り反射の消失、開口、広範な皮膚の脱落などが現れ、発症してから2~5週で死亡します。ただし、全てのカエルが同じような症状を示すわけではありません。実際、感染してから3~4日で死亡したり、カエルの種類によっては表面に大量の粘液が分泌されるものもありますし、全く見た目に異常に気がつかない場合もあります(突然死)。
- 13:みただけで、カエルがツボカビに感染しているとわかりますか?
- A.カエルの種類、水生か陸生かによって、症状が違うため、ほとんどわからないと思います。しかし、何か、いつもと様子が違うと感じたら、最寄りの獣医師にご相談ください。
- 14:ツボカビに感染しているかどうか、どのように診断しますか?
- A.診断は病理組織検査や遺伝子診断(PCR)法で行ないます。
- 15:家で飼っているカエルの検査をしてほしいのですが・・
- A.検査はできます。カエルの体の表面を綿棒でふき取って、検査機関に送ると検査してもらえます。しかし、一般の飼育者から直接の検査依頼はできませんので、最寄りの獣医師に相談してください。
- 16:検査はどこがしてくれるのですか?
- A.国立環境研究所が検査を担当します。しかし、一般の飼育者から直接の検査依頼はできませんし、専用の検査依頼書が必要です。必ず、最寄りの獣医師に相談して、依頼書を添えて、検査依頼をしてください。
- 17:検査は有料ですか?
- A.一般の飼育者や展示施設などからの検査は無料です。商業ベースで繁殖されている方は、関係機関にご相談ください。
- 18:検査にどのくらいの時間がかかりますか?
- A.検査機関が検体を受け取ってから、7日くらいかかります。
- 19.検査結果はどのように教えてもらえますか?
- A.検査依頼書を作成してくれた獣医師に連絡がいきます。獣医師から結果を聞いてください。
- 20:ツボカビに感染していることがわかったら、そのカエルはどうしたらよいですか?
- A.治療ができます。また、室内であれば、有効な消毒方法もありますので、カエルからカエルへの感染も防げます。そのためのマニュアルも用意してありますので、マニュアルに従えば、そのまま、カエルを飼い続けることができます。
そして、最も重要なことは、ツボカビを野外に出さないように、一人ひとりが細心の注意を払うことです。
- 21:ツボカビに感染したカエルや病気のカエルは、飼いたくありません。どうしたらよいですか?
- A.引き取ります。最寄りの獣医師に相談してください。どんなことがあっても、カエルを野外に放してはいけません。
- 22:カエルが死にました。どうしましょうか?
- A.可能であれば、焼却してください。また、清潔なビニール袋などに密封して生ゴミとして出すこともできます。間違っても庭に埋めるなどしないで下さい。わからないことがあれば、最寄りの獣医師に相談してください。
- 23:カエルを飼っています。何に注意すればいいですか?
- A.長い間、カエルを飼育していて何も問題がなければ、いつものとおり飼育を続けてください。しかし、今まで経験したことのない異常に気がついたら、ツボカビの検査を受け、検査の結果がでるまで、ツボカビがいるかも知れないと思って、取り扱いをしてください。
特に、新しいカエルを飼い始めたときには注意をしてください。
- 24:新しくカエルを買いたいけれど、注意することは?
- A.元気がない。皮膚に赤い斑点がある。体の表面に粘液が異常に付いている。表面がなんとなくすすけている。脱皮皮が斑点のように付いている。同じ水槽に具合の悪いカエルがいるあるいは死んだカエルがいるなどの以上が見られる場合は要注意です。しかしながら、みただけではわかりません。可能であれば、何らかのツボカビ検査を受けたカエルを購入しましょう。
- 25:新しくカエルを買ったけれど、注意することは?
- A.検疫が必要です。60日間は、他のカエルと一緒にしてはいけません。また、新しいカエルに触れた飼育者の手や飼育器具を消毒しないまま、他のカエルに接触させないでください。新しいカエルがツボカビが感染しているかもしれないというつもりで取り扱ってください。前から飼っているカエルを守るためにも
- 26:どこの国から輸入されたカエルがツボカビに感染していますか?
- A.すでに、世界中で流行しているので、どの国が危ない、どの国が安全ということはありません。また、たとえ、ツボカビの発生のない国であっても、流通している間に感染してしまうこともあります。
- 27:消毒はどうしたらいいですか? その1
- A.いくつかの消毒薬がツボカビに効果があるといわれています。
ここでは、安全で、一般の方でも簡単に購入できて、いろいろなものに使える消毒薬を紹介します。
製品名:アンテック ビルコンS 輸入販売元:バイエル株式会社 動物用薬品事業部
購入方法:インターネットでビルコンSを検索しネット販売先をみつけてアクセス。
手の消毒や飼育容器の消毒などに使えます。海外でのツボカビ対策では、車両のタイヤなどの消毒にも推奨されています。使用濃度などの使い方については、使用説明書をみてください。
他にも、一般の方々には少々、入手が難しいですが、
手指の消毒:5%ヒビテン液?(クロラミンあるいはクロルヘキシジン)
備品や水槽の消毒:オスバン?や塩素系消毒薬(たとえば、ハイター。次亜塩素酸ナトリウム200mg/Lで15分間浸漬)。
飼育水も流す前に次亜塩素酸Naで消毒します。また、施設内では踏み込み槽を常備してビルコン?等の消毒液を使用するのが良いでしょう。
これらの消毒薬には様々な製品があるので、それぞれの使用説明書に従って適切に使用することが重要です。
最後に、薬剤による消毒以外に、熱湯消毒も効果的です。ツボカビの遊走子(胞子)は、30℃の温度でも影響を受けます。そこで、使用時の温度が50℃以上のお湯に飼育容器を漬け込むだけでも有効です。
- 28:消毒はどうしたらいいですか? その2 飼育容器内の植物や水草は?
- A.ツボカビ症のカエルの飼育容器の中にあった植物、水草やコケなどは消毒できません。すべて焼却処分します。
- 29:治療法はありますか?
- A.あります。最寄りの獣医師に相談してください。
- 30:オタマジャクシもツボカビに感染しますか?
- A.感染します。しかし、ケラチンのある口の部分だけです。このため、稀に口の形が変形します。カエルのようにすぐ死ぬことはなく、無症状で、ツボカビを持ち続けて、他のカエルやオタマジャクシに感染させます(保菌者)。また、オタマジャクシがカエルまで成長すると、ツボカビは口から全身の皮膚に広がり、最終的に死に至ります。
- 31:オタマジャクシも感染すると死にますか?
- A.オタマジャクシでは、感染によって、まれに口器の変形がみられることがありますが、一般には無症状です。ただし、変態してカエルになるとケラチンが全身の皮膚に分布するとともにツボカビの分布も広がるため致死的となります。
- 32:ツボカビが感染するとなぜカエルは死ぬのですか?
- A.ツボカビは皮膚に感染します。そして、(1)皮膚呼吸や皮膚の浸透圧調整を阻害したり、
(2) ツボカビが毒素を産生したり、(3)これらの要因の複合的作用が死の要因となります。また、皮膚の生体防御機能が壊れて、2次的に細菌などに感染しやすくなります。
- 33.ツボカビのことを、もっとよく知りたいのですが・・?
- A.以下のいくつかの研究会、学会、大学のホームページにツボカビの特集が掲載されています。参考にしてください。世界自然保護基金ジャパン、麻布大学、日本野生動物医学会、日本動物園水族館協会、日本獣医病理学会、日本獣医学会
A.コア獣医師制度があります。一般の獣医師より、ツボカビに関する多くの知識を持っていて、最新あるいは詳細な情報をいつでも入手できる立場にある獣医師が各都道府県に配置されています。これらの獣医師は、すべてボランテイアで、カエルを、自然を守ろうと立ち上がった獣医師たちです。一般の方からの相談を受けることはもとより、一般の獣医師の方からの専門的な相談も受け付けます。現在登録されているメンバーを紹介します。今後も、多くの獣医師が参加してくれることになりましたので、随時、紹介します。
なお、最初の相談は、可能な限りメールでお願いします。
すずき動物病院 鈴木哲也先生(横浜市)、いのかしら公園動物病院 石橋徹先生(東京都)、田園調布動物病院 田向健一先生(東京都)、レプタイルクリニック 小家山仁先生(東京都)、中野バードクリニック 中野祐美子先生(東京都)、東京大学 三輪恭嗣先生([email protected]) 石田動物病院 石田浩三先生(川崎市)、ももの木ペットクリニック 林律子先生(神奈川県)、オリバー動物病院 西尾里志先生(埼玉県)、おぬま動物病院 小野貞治先生(埼玉県)、アンドレ動物病院 戸崎和成先生(栃木県)、よしむら動物病院 吉村友秀先生(愛知県)、山下獣医科 山下正弘先生(岐阜県)、クウ動物病院 田中治先生(大阪市)、ナカムラペットクリニック 中村金一先生(岡山県)、ラッキーエキゾチックベッツ 永安知子先生(高知県)、那覇獣医科病院 高良淳司先生(沖縄県)
A.日本動物園水族館協会に所属している動物園と水族館の中にも、ツボカビに関して多くの知識をもつ専門家がいます。最寄りの動物園に相談してください。紹介してくれます。あるいは、このアドレスに[email protected]
A.さらに専門的なことを知りたいときには、[email protected]のアドレスにツボカビに関する質問として、メールを送信してください。
爬虫類と両生類の臨床と病理のための研究会
ツボカビ症に関する解説書

January 2007
- ツボカビとは
- 両生類に対するツボカビの影響
- カエルのツボカビ症の発生状況と臨床症状
1)発生状況
2)臨床症状
- 病理学的所見(肉眼・組織)
- 伝播様式
- 診断・検査
- 消毒
- 治療法
- 対策(検疫プロトコール)
- 最後に
ツボカビ症解説書
この解説書は、国内のツボカビ症対策のために、爬虫類と両生類の病理と臨床のための研究会(SCAPARA)発行「両生類テキスト」の内容に、さらに諸外国の情報をとりいれて、作成したものです。国内におけるツボカビ症の拡散防止と根絶のために少しでも役立つことを望みます。
(文責:宇根有美、黒木俊郎)
1.ツボカビとは
ツボカビ症は両生類の新興感染症で、ツボカビ門に属する真菌の、Batrachochytrium dendrobatidisが原因である。ツボカビ類は土壌や淡水中に生息し、分解菌あるいは腐生菌としてキチン、セルロース、ケラチンといった分解しにくい物質を利用する。生活様式は腐生性と寄生性(条件的寄生性あるいは偏性寄生性)である。B.
dendrobatidisが利用するのはケラチンであり、両生類の皮膚に寄生する。
B. dendrobatidisの生活環は、遊走子と遊走子嚢からなっており、遊走子嚢は表面平滑な球形から長球形で、乳頭状の放出管があり、そこから遊走子を放出する。ツボカビは真菌の中で唯一その生活環に鞭毛を有する遊走子があり、それによって水中を遊走する。
2.両生類に対するツボカビの影響
世界の両生類 5,743種のうち、120種が 1980年以降に絶滅したと推測され、さらに1,856種(32%)は絶滅のおそれがあるとされている。このような急激な絶滅を加速させている原因の一つに、ツボカビ症があげられている。現在、ツボカビはIUCN(国際自然保護連合)による外来生物ワースト100にもリストされ、世界的な監視が必要とされている。
両生類のツボカビ症は、致死率が高く(90%以上)、伝播力が強いために世界中で猛威をふるい、すでにオーストラリアや中米の両生類が壊滅的な打撃を受けている。パナマでは、ツボカビが侵入してから2ヶ月の間に生息群が全滅したという報告もある。毎年28kmの拡散がみられ、ファウナの71%にあたる48種の感染が確認されている。
野外における防除方法は確立されていないため、野外遺棄が起こると、根絶は不可能である。オーストラリアでは輸出入検疫を強化し、国をあげて対策に取り組んでいる。
3.カエルのツボカビ症の発生状況と臨床症状
1)発生状況
B. dendrobatidisはこれまでのところ、北中南米、アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、欧州に分布しており、確認されていないのはこれまでアジア地域のみとされてきたが、2006年12月、日本で初めて飼育中のカエルで確認された。ツボカビ症が初めて確認されたのは、1998年のオーストラリアとパナマにおける感染事例の報告であったが、その後世界各地でさかのぼり調査が実施された。ツボカビ症の最初の記録は、the
South African Museumの標本から検出されたアフリカツメガエル(Xenopus laevis)(1938年)から得られている。
世界中への拡散の役割を果たした動物として、いずれも種々の目的で世界中に移入されているアフリカツメガエルおよび近縁種(Xenopus
spp.)やウシガエル(Rana catesbeiana)が疑われている。これらの種は感染しても殆ど症状が顕れないか無症状で、体表から病原体が検出される状態で経過する。
上記以外にペットとして、あるいは展示動物として国際的に取引されている種々の両生類が伝播の役割を果たしている可能性も否定できない。また、観賞魚や養殖魚は必ず水とともに輸送されるが、水中に遊走子が存在していれば、数週間以上生存することができることから、水とともに世界中に輸送されていることも推測することができる。当然、ヒトの活動によって、遊走子を含む土壌や水を運ぶ可能性もある。カエルの観察者の靴などに付着した土壌や、車両を介して伝播される可能性があることも指摘されている。
2)臨床症状
食欲不振、沈鬱などの非特異的症状で始まり、発症から2~5週で死亡する。オタマジャクシでは口器が感染によって変形することもあるが、通常は無症状である。皮膚の浸透圧調節と皮膚の生物学的機能の崩壊が、主たる臨床症状として現れるようである。二次感染が生じる可能性もある。何らかの異常を発現している、いかなるカエルでも、最初にB.
dendrobatidis感染の可能性を考えるべきである。なお、日本初の事例では、暴露から3~4日で死亡する急性ツボカビ症であった。
外観(1つまたはそれ以上の症状)
- 背部表面が暗色、または発疹が多発。
- ピンク~赤色調の腹部表面または水かき、指端。
- 後肢の腫脹。
- 高度の削痩と衰弱。
- 皮膚病変(潰瘍、しこり(lumps))。
- 感染を示唆する眼。縮瞳。
- 明らかに非対称的な外観。※全く肉眼的変化に気がつかない場合もある
行動(1つまたはそれ以上の症状)
- 無気力に足を動かす、特に後肢。筋協調不能。
- 異常行動 (国内事例では、日頃佇んでいるカエルが不安げに歩きまわり、暴れた。これは皮膚呼吸の阻害による苦悶と考えられる)。
- 触ってもわずかに動く程度か、動かない。沈鬱。
- 縮こまった独特な姿勢。 急死。
診断的行動テスト
| 試験 |
健康 |
病気 |
| 優しく指で触る |
目をぱちぱちさせる |
目をぱちぱちしない |
| ひっくり返す |
もとに反転する |
ひっくり返ったまま |
| 口を優しく握る |
前足を使って、握られた状態から逃げようとする |
反応なし |
4.病理学的所見(肉眼・組織)
肉眼所見
集団発生および急性感染では、下記の所見が得られないこともある。
- 広範に異常な脱皮(皮膚の脱落)。
- 背部が暗色、腹部および大腿部内側が赤色調を示す。
- 重度の削痩。
- 二次感染に起因する皮膚病変。
- 内臓諸臓器に鬱血がみられることもある。
組織所見
B. dendrobatidisはケラチンを栄養素として利用するため、主に表皮の有棘層、顆粒層で感染・増殖する。カエルでは表皮にケラチンが存在するが、オタマジャクシでは表皮にケラチンがないため、ケラチンを含む口器部分に限局して遊走子嚢が観察される。病原体は、光学顕微鏡で3つのステージがある。
(1)中心部に好塩基性で球形から楕円形の大きな構造物を有する。ツボカビの未熟なタイプで、遊走子嚢(直径10~40μm)を形成する。
(2)やがて分裂を始め、4~10個の好塩基性で細長いか、円形の遊走子(直径0.7~6μm)が見られる(実際には最大で300個もの遊走子が形成される)。
(3)遊走子嚢に放出管が形成。遊走子が放出された後の遊走子嚢は空胞となり、いくつかは隔壁が形成され、有隔葉状体として観察される。最終的に遊走子嚢は潰れていくが、稀に嚢内に細菌が増殖することもある。
病原体は過ヨウ素酸シッフ反応及びゴモリ染色陽性であるが、抗酸菌染色では染まらない。透過型電子顕微鏡で観察すると胞子に鞭毛が観察される。最近ではB.
dendrobatidisに対するポリクローナル抗体を用いた免疫染色も報告されている。
感染に引き続いて生じる組織学的変化として、ほとんどのカエルに、病原体に隣接する表皮角化層部分に限局性の表皮過形成、角化亢進や糜爛がみられる。表皮の不規則な肥厚および表皮細胞の軽度の限局性壊死も認められることがある。角質層の標準の厚さは2~5μmであるが、B.
dendrobatidisによる重度の感染では、厚さが最大60μm にまでなる。病巣部下層に炎症細胞浸潤がみられるが概して軽く、取るに足りない。
5.伝播様式
感染ステージは遊走子嚢から離れた遊走子で、感染は100個程度の遊走子により成立し、致死的となる。遊走子は遊泳して宿主に到達することから、発育や感染には水が必須である。遊走子は水道水で3週間、精製水では4週間、湖水ではさらに長い期間生存することができる。発育至適温度は17~25℃で、23℃が最も適しているとされている。高温に弱く、28℃で発育が止まり、30℃以上になると死滅する。
6.診断・検査
B. dendrobatidisの診断は組織学的に行われ、経験を積めば容易である。組織学的診断には、感染皮膚の組織標本が必要で、カエルの皮膚の正常構造と病原体に関する知識と経験が必要である。迅速診断法としては皮膚掻爬材料を無染色で鏡検し、遊走子を確認する。生きているカエルでは、皮膚掻爬あるいは肢端を摘み、組織学的に診断する。オタマジャクシのツボカビ症の診断には、鑑定殺が必須である。B.
dendrobatidisは口器にのみ感染するため、小型のオタマジャクシは切断せずに口器を温存したまま、大型のオタマジャクシでは、口器を含む頭部を縦断して組織標本を作製する。その際に、ケラチン質の歯が含まれていることが診断に欠かせない。
その他、新鮮材料からの培養法もあるが、操作が煩雑で培養に時間を要し、検出感度が低いため一般的ではない。研究レベルでは遺伝学的手法(PCR、リアルタイムPCR)が用いられている。
病気または死亡したカエルの準備と移動のための手順を以下に示す。
- 病気または死亡したカエルを扱う際は、ディスポーサブルの手袋を着用。
- 常に新しい手袋、きれいなポリ袋を、各々のカエルに使用する。
- カエルが死亡していたら、速やかに冷蔵保存する(死後すぐに腐敗して検査が難しくなる)。標本は10%中性緩衝ホルマリンで固定、保存する。
死亡したカエルは腹部を切開し、腸管に注入固定をして約10倍量の固定液に入れる。解剖できない場合は標本を冷凍する(組織検査には適さなくなる)。指端および腹部皮膚の一部を遺伝学的検査にまわす。
- 容器には少なくとも種、日付、場所が分かるようにラベルする。
- 生きているが移動しても生存できそうにない場合は、安楽死させ、標本を冷凍庫に入れる。冷凍すれば標本はいつでも送付することができる。
- カエルが生きていて輸送に耐えられそうな場合、湿った葉を散らした布袋かポリ袋に入れ、部分的に膨らませて密閉する。輸送の間、全てのカエルは別々にしておく。
- 保存した標本は瓶に入れ、袋に入れて密閉し、箱の中に入れて送る。
- 冷凍材料はドライアイスまたは氷と一緒にアイスボックスに入れて送る。
7.消毒
手や備品の消毒薬は細菌、発育中および胞子の状態の両方の真菌類に効果的でなくてはならない。以下の薬剤が推奨される。
- クロラミンとクロルヘキシジンをベースとした製品。これらの製品は手、靴、その他の備品に使用するのに適している。
- 適切な濃度に希釈された漂白剤やアルコールは細菌や真菌に対して有効である。これらの消毒薬には腐食性や危険性があるため、消毒の対象によっては実用的ではない。
メタノールを使うときはどちらかを行う
- 70%メタノールに30分漬ける。
- 100%メタノールにさっと浸けた後、10秒間炎に当てるか、水中で10分間沸騰させる。
漂白剤(濃度5%)はRanaウイルスのような他の病原体に対しても有効である。
これらの方法で容易に消毒できない備品は、医療用標準70%イソプロピルアルコールを染み込ませた布巾またはウェットティッシュ(イソプロピルアルコール)によって効果的に清掃することができる。
自動車の車輪やタイヤを消毒するのには、塩化ベンザルコニウムを有効成分とする消毒薬の噴霧が推奨される。
8.治療法
確立された治療法はない。中途半端な治療は保菌動物の増加、対策の遅れを招くので、避けた方が良い。
現状で使用可能な治療方法を挙げる。
- 感染の可能性があるカエルの治療法としては、塩化ベンザルコニウム溶液1mg/Lを1日1時間ごとに1,3,5,9,11,13日目の治療期間に1匹ずつ浸漬する。カエルは2ヶ月間隔離。これと、その他、効果がある程度期待される治療法は、BergerとSpeare(1998)が報告。
- Betadine○c(10%ポピドンヨード液)とBactonex○c(塩酸アミナクリンとメチレンブルーを含む)による治療も成体のカエルで数例成功している(M
Mahony, Newcastle University 私信)。
- Itraconazole○cは有効である(Lee Berger CSIRO Australian Animal Health
Laboratory 私信)。
- :0.01% itraconazole液で薬浴、1日1回5分、10日間。itraconazoleを1% methyl cellulose液に溶かし、0.6%生理食塩水で0.01%液にする。
9.対策・注意事項 (展示施設と研究施設)
下記に検疫プロトコールの要約を示す。このプロトコールを順守することで、ツボカビによる施設内外の汚染を最小限に留めることができる。
- 導入する全ての両生類は獣医師が検査を行なう。
- 検疫期間は60日以上。
- 適切な温度範囲は17~23℃。
- ツボカビ感染のリスクのある数頭のオタマジャクシは安楽死させ、検査する。
- ツボカビ感染のリスクのあるカエルは、イトラコナゾールで浸漬する。
- 検疫はオールインオールアウトが原則である。
- まず、放野する可能性のある動物から世話をする。
- 検疫動物は、他の飼育動物の後に世話をする。
- 手袋着用が原則。
- 検疫エリアの踏み込み消毒槽は、ビルコン(Antec社)が最も適している。
- 備品とケージは次亜塩素酸ナトリウム200mg/Lで最低15分間消毒する。
- 検疫エリアと通常の飼育エリアの移動は一方通行が原則である。
- オタマジャクシまたはカエルが死亡したら、病理検査を必ず実施する。
- 放野予定の個体は全く別の部屋か建物で飼育する。
- 水は、流す前に必ず次亜塩素酸ナトリウム200mg/Lで最低15分間消毒する。
上記の項目に加えて、カエルを野外で移動する必要があるとき、以下の事項が適用されるべきである。
- 何らかの病気や感染の可能性がある場合は、カエルを野外に放すべきではないし、他の場所(野外)に移動させてもいけない。
- 病気の可能性が疑われる場合、できる限り早期に指定されたカエルの受け入れ先および研究機関からアドバイスを得る。
- 治療を受けているカエルは個別に飼育し、非感染個体とは隔離する。
(個人の飼育者は、上記の方法に準じて行う)
10. 最後に
より詳細な解説は、WWFジャパンのホームページにツボカビに関する情報サイトがありますので、そちらを参考にして下さい。