2014年 11月 27日
(公財)日本野鳥の会(事務局:東京、会長:柳生博 会員・サポーター数4万6千人)が絶滅危惧種の保護と生物多様性の保全を目的として設置と管理を続けている独自の「野鳥保護区」の面積が、2014年10月に3,000ha(ヘクタール)を超えました。これを機に、多くのみなさまに野鳥の生息地を守ることの重要性と、当会の野鳥保護区の活動を知っていただきたく、発表いたします。
1.野鳥保護区設置の歴史――今年3か所の野鳥保護区設置で総面積3,000ha を超える!
1970~80年代は企業・行政共に環境への配慮よりも産業や経済が優先される時代であり、開発によって自然環境が荒廃していました。国は環境庁を設置したばかりでまだ十分な体制を持っておらず、生きものたちの絶滅も心配されていました。
北海道でも、タンチョウやシマフクロウなど絶滅危惧種の生息地が開発の危機に晒されていました。彼らを守り、絶滅の淵から救うためには、繁殖できる生息地を守ることが必須です。進行する開発に迅速に対応するためには、買い取りによる生息地の確保がもっとも有効な方法です。そこでNGOである当会が、先駆的に生息地を買い取って独自の「野鳥保護区」とする運動を開始し、この活動に共感いただいた方々からのご寄附を基に、今日までの28年間に合計33か所を設置してきました。そして今年、8月6日に新たにシマフクロウの生息地163ha を、また10 月16 日にはタンチョウの生息地51ha を購入し、3か所の野鳥保護区を設置しました。
これにより、当会の野鳥保護区は合計36か所、総面積は3,000ha を超えて3,167ha となりました(タンチョウ2,635ha、シマフクロウ515ha、その他17ha)。これは山手線の内側面積の半分に相当し、絶滅危惧種の保全を目的とした民間の自然保護区としては国内最大の面積です(国内のナショナルトラストとしては、前田一歩園財団の3,892ヘクタールに次ぐ2番目の広さ)。
2.絶滅危惧種と同時に生物多様性を守る――国指定の保護区と同等の保護を実現
主な対象は絶滅危惧種である北海道のタンチョウとシマフクロウで、タンチョウは国内に生息する400つがいのうちの24つがい(6%に相当)、シマフクロウは国内50つがいのうちの9つがい(18%に相当)を守っており、保護上の重要な役割を担っています。タンチョウとシマフクロウはそれぞれ湿地、森林の生態系の頂点に位置しているので、彼らの生息地を守ることで地域の生物多様性も保全しています。たとえばタンチョウひとつがいを守っている北海道根室市の渡邊野鳥保護区フレシマには、野鳥118種、植物355種が生息しています。
また、野鳥保護区は自然環境の改変や人の立ち入りを状況に応じて厳しく制限しており、法的に守られていない希少な野鳥の生息地を、国立公園や鳥獣保護区の特別保護地区と同等に守っています。
3.野鳥をはじめ生きものたちの生息地を守ってゆくために――未来への課題
当会の野鳥保護区面積を先進地域である海外の事例と比較すると、まだまだ少ないのが現状です。例えば、イギリスの王立鳥類保護協会(RSPB)では211か所14万1,833ha(イギリス国土の0.58%)の野鳥の生息地を確保しています。私たちは、野鳥をはじめ生きものの生息地を守るためには、国による法的な保護に頼るだけでなく、多くの方に関心を持っていただき、これからも民間による保全を進めてゆくことが重要だと考えています。また、設置した野鳥保護区を良好かつ永続的に維持するには、巡回監視やモニタリング調査、管理など地道ですが継続的な活動が必要であり、そのための資金確保も欠かせません。当会は今後も状況に合わせて最適な手法で、野鳥とその生息地を守る活動に取り組んでまいります。ご支援をよろしくお願いいたします。
<発 表> 環境省記者クラブ(霞が関)
<資料配布先> 釧路総合振興局記者クラブ、根室市役所記者クラブ
【問い合わせ先】 (公財)日本野鳥の会 保全プロジェクト推進室 TEL:03-5436-2634 /FAX:03-5436-2635
〒141-0031 東京都品川区西五反田3-9-23 丸和ビル http://www.wbsj.org/
担当:田尻・竹前・松本(携帯:080-1179-2786)
<補足資料>
■公益財団法人日本野鳥の会について(詳しくはホームページ http://www.wbsj.org)
自然と人間が共存する豊かな社会の実現を目指し、野鳥や自然のすばらしさを伝えながら、自然保護を進めている民間団体である。全国4 万8 千人の会員・サポーターが、自然を楽しみつつ、自然を守る活動を支えている。
・創設:1934 年 ・創設者:中西悟堂 ・連携団体:全国90 団体
<野鳥や自然を大切に思う心を伝えます>
<野鳥や自然を守ります>
<公益財団法人です>
■2014 年度に新たに設置した野鳥保護区について
(1)杉本野鳥保護区シマフクロウ釧路第2(北海道釧路地域・8/6設置)
シマフクロウ1つがいが利用する135ha の森林と河畔林。近年の当会の調査により生息が確認され、繁殖も確認された森林である。
(2)野鳥保護区シマフクロウ釧路第3(北海道釧路地域・8/6設置)
杉本野鳥保護区と同じシマフクロウ1つがいが利用する28ha の森林と原野。広大な生息地を一帯として保全するため、同時に取得した。
(3)野鳥保護区ヤウシュベツ(北海道野付郡別海町・10/16設置)
タンチョウが繁殖する渡邊野鳥保護区ヤウシュベツに隣接する51ha の湿原と河畔林。埋め立て等開発の恐れがあったことから、土地を取得し保全している。
■タンチョウについて
北海道東部に生息する約1500 羽の渡りをしない個体群と、中国東北部からアムール川にかけて繁殖し渡りを行う個体群がある。道内の個体群は約400 つがいが道東の湿地で繁殖し、冬はほとんどが釧路周辺の給餌場に集まる。冬期は人為的な給餌に強く依存している。
明治以降の乱獲と湿原の開発により、1924 年に十数羽が再発見されるまで一時は絶滅したと考えられていた。給餌などの効果で個体数が回復しつつあるが、国内に生息する個体群の遺伝的多様性は非常に低いことが知られている。
日本野鳥の会では、全国からの募金をもとに、タンチョウの越冬地である阿寒郡鶴居村の給餌人、伊藤良孝氏(故人)のご理解とご協力を得て1987 年に鶴居村に鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリを設置し、給餌や繁殖地の保護区としての買取りなど積極的に保護活動を開始した。現在、当会の野鳥保護区では24 つがいのタンチョウを保護している。
国指定特別天然記念物、国内希少野生動植物種、絶滅危惧II 類。
■シマフクロウについて
魚食性の大型のフクロウで、魚類の豊富な河川や湖沼周辺の森林に生息する。海外では、国後島やサハリンの島しょ部にも生息する。明治期までは北海道内に広く生息していたとされるが、森林伐採等による営巣に必要なうろのある直径100cm ほどの大木の喪失、河川改修などによる魚類の減少により、現在は北海道中部から東部にかけてのみ生息する。国内に生息する個体数は約140 羽、繁殖つがい数は50 つがい程度。多くのつがいが巣箱や給餌など、人為的な支援を受けて繁殖している。生息できる環境が限られているため、巣立ち後の分散が困難で、近親つがいの形成などの問題がある。
日本野鳥の会では、2004 年より買取りによる生息地の保護区化、植樹や除間伐など森林環境の整備、生簀による給餌などの保護活動を行っている。
国指定天然記念物、国内希少野生動植物種、絶滅危惧IA 類。
■一般財団法人前田一歩園財団について
北海道阿寒湖畔に広がる市街地を含む森林の景観保全をするため1983 年に財団法人化。森林の管理や自然保護思想の普及啓発事業などを行なっている。ホームページURL http://www.ippoen.or.jp
■公益社団法人ナショナルトラスト協会
全国のナショナルトラスト団体のネットワーク化とナショナルトラスト活動の推進を目的に1983 年に設立。団体への支援や、寄付や寄贈の受け入れによるトラスト活動を行なっている。ホームページURL http://www.ntrust.or.jp/index.html
■王立鳥類保護協会(RSPB,Royal Society for the Protection of Birds)について
1889 年に設立され、100 万人以上の会員を持つ自然保護団体(本部サンディー)。野鳥保護や自然環境保全を目的とし、イギリス国内に自然保護区(Nature Reserve)を211か所14万1,833ha 保有しており、その面積はイギリス国土の0.58%に相当する。自然環境保全のために企業や行政、農家などとも協力しながら活動しているほか、環境教育にも力を入れている。
以上
<参考資料>
日本野鳥の会・野鳥保護区事業の経緯(2014 年11 月末現在)
■野鳥保護の手法としての野鳥保護区
法的な担保が得られていない民有地などであれば、野鳥にとって重要な生息地であっても、所有者の意向によっては開発、改変される可能性があります。このような事態を避けるため、当会ではタンチョウとシマフクロウをおもな対象とし、法的に保護されていない重要な生息地について、会員、支援者の皆さまからのご寄付を元とした買い取りによる所有、企業や個人など地権者との協定締結による確保の二つの方法を通じて当会独自の野鳥保護区とし、開発から守っています。
■日本野鳥の会のタンチョウ保護事業の始まりと北海道における野鳥保護区の歴史
タンチョウ保護事業は、1985 年に当会に事務局が設置された「ツル保護特別委員会」の議論を通して具体的な保護事業が開始され、1987 年には鶴居村に鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリを開設しました(中村2007)。
北海道の野鳥保護区は、1987 年7 月、根室市東梅に第1 号となる持田野鳥保護区東梅を設置したことから始まりました。当時は、当会が設置したツル保護特別委員会が1986 年に発表した「タンチョウ保護の全体構想(以下、全体構想)」に基づくタンチョウ保護事業が端緒についたところで、全体構想の中で述べられていたサンクチュアリの設置など、いくつかの保護事業計画が動き始めていました。野鳥保護区に関する構想では、タンチョウが営巣する湿地のうち、広大なものは国指定の保護区化など法的な担保を求めて働きかけを行いつつ、法制度上の理由で国による保護区化が難しい100 ヘクタール程度の小規模な民有地については、当会独自に野鳥保護化するとされていました。
そのころ、タンチョウの個体数は400 羽弱、繁殖つがい数はわずか100 つがい程度(松尾1990a,b)。そして、その約半数が法的な保護の担保のない湿原で繁殖していたのです(松尾1990b)。保護されていない湿原に営巣する1 つがいの重要性が分かります。そんな折、根室支部からの情報で風蓮湖に近いその湿原が競売にかけられたことが明らかとなりました。1980 年代、湿原とタンチョウの生息を脅かす農地開発や道路敷設などが北海道東部でもさかんに進められていたため、買い手によってはすぐにも開発されるかもしれない、と危機感が高まりました。この急を要する状況において、行政に働きかけたり、地域で保護を求める動きを作り出す時間はありませんでした。一刻の猶予もない中で、繁殖環境を維持するために会員の持田勝郎氏(故人)の支援を受け、買い取りにより野鳥保護区化を実現しました。
■シマフクロウ保護事業の始まり
シマフクロウ保護事業は、タンチョウの保護のために継続してきた野鳥保護区の設置による生息地確保がシマフクロウの保護に有効であること、絶滅危惧種で保護の優先度が高いことなどから(高井2003)、2004 年に開始され、その年に初めてのシマフクロウの保護区となる持田野鳥保護区シマフクロウ根室第1 を設置することができました。
■現在の野鳥保護区
その後も、多くの方々からのご寄付をいただいて法的担保の得られない湿原に対する活動を続け、1997 年には保護区数が10 か所となり、2002 年の渡邊野鳥保護区ソウサンベツの設置で1000 ヘクタールを突破しました。2006 年の渡邊野鳥保護区尾幌川で保護区数20か所目を数え、2007 年、初めての企業との協定保護区となった明治野鳥保護区槍昔、牧の内の設置で2000 ヘクタールを超えました。
そして現在、当会は3000 ヘクタール超の野鳥保護区で、国内で繁殖するタンチョウおよそ400 つがい(北海道地方環境事務所・釧路自然環境事務所2013)のうちの24 つがい、シマフクロウ約50 つがい(環境省北海道地方環境事務所・林野庁北海道森林管理局2013)のうちの9 つがいを守っています。
なお、当会の野鳥保護区は管理計画に基づくもの以外、木竹の伐採や人工構造物の設置を行わないなど、その保護上の厳密さは国指定鳥獣保護区特別保護地区に勝るとも劣りま
せん。そして、その総面積は、国指定釧路湿原鳥獣保護区特別保護地区(6962 ヘクタール)の面積の45.5%に相当し、自然保護上重要な役割を果たしています。
■野鳥保護区事業のこれから
現在、北海道内に生息するタンチョウの個体数は約1500 羽、シマフクロウは約140 羽。関係者の努力の結果、どちらももっとも少なかった時と比べれば多くなっています。しかし、現時点でも依然として絶滅危惧種であることに変わりはなく、引き続き保護が必要な状態にあります。
シマフクロウでは、多くの個体が巣箱と人工給餌に依存しており、天然の樹洞と採餌可能な河川は依然として不足しています。さらに、つがいの10%以上が近親間でのつがい形成であることから、遺伝的多様性の劣化が危惧されており(環境省北海道地方環境事務所・林野庁北海道森林管理局2013)、若鳥の分散と新たな場所でのつがい形成が必要不可欠です。タンチョウでは、国内の生息個体数の約59%が人工給餌場に集中していること、全体のおよそ94%もが釧路地域で越冬していることから、伝染病の発生や農作物への被害拡大などが危惧されており、越冬地、繁殖地の分散が必要であるとされています(北海道地方環境事務所・釧路自然環境事務所2013)。
そこで、当会は将来的な目標として、シマフクロウについては天然の樹洞で営巣し、海から遡上するサケマス類など天然の餌で子育てできるようになることを、タンチョウについては道内一円の湿原で繁殖し、人工給餌に頼らずに越冬できるようになることを目指して活動を続けていきます。
以上