①日本近海に固有のカンムリウミスズメ。前頭部に名前の由来となった「冠羽(かんう)」がある。
文=田尻浩伸・手嶋洋子 保全プロジェクト推進室
カンムリウミスズメは、日本近海と韓国周辺にのみ生息する、ペンギンに似た全長24 ㎝ほどの小さな海鳥です。現在の生息数は5千~1万羽程度で、国の天然記念物、環境省のレッドリストで絶滅危惧Ⅱ類(VU)に指定されています。繁殖地は、太平洋側では東京都・伊豆諸島から宮崎県・枇榔(びろう)島(国内最大の繁殖地)、日本海・東シナ海では石川県・七ッ島から鹿児島県・甑(こしき)島などの主に無人島や岩礁です。春の3か月ほどの繁殖シーズン以外は、1年のほとんどを洋上で暮らすため、生態については謎が多い鳥ですが、最新の調査によると、非繁殖期に太平洋沿岸を北上して、サハリンから東シナ海へと日本列島の近海をゆっくりと周回し、翌春に同じ繁殖地・烏帽子(えぼし)島(福岡県)に戻ってきた例が報告されています。
当会では、海洋生態系保全の象徴種として、2009年よりカンムリウミスズメを保護対象種とし、枇榔島に次ぐ規模の繁殖地である伊豆諸島で保護・調査活動を進めてきました。2010年からは保護増殖の試みとして、下田市・神子元(みこもと)島で人工巣の設置を開始。今春、6年間の試行錯誤の末、初めて繁殖に成功し、少なくとも5羽のヒナが巣立っていきました。これは世界で初めての快挙です。
カンムリウミスズメは、早春に繁殖期を迎えると無人島に上陸して、急峻な崖の岩の隙間などに巣を作ります。しかし、近年はマリンレジャーで無人島に立ち入る人が増え、それとともに侵入したネズミや、放置されたゴミに誘引されたカラスに捕食されるなど、繁殖環境の悪化が進み、カンムリウミスズメの営巣数の減少が懸念されてきました。
当会では、その改善策として人工巣の設置を始めましたが、まったくの手探りからのスタートで、最初の3年間はほとんど成果が得られませんでした。始めは巣穴になるU字溝を地面に伏せ、周囲を石でカモフラージュしてみたものの利用した形跡はなく、次にはU 字溝を割って出入り口を狭くしたものを設置してみましたが、これも利用されることはありませんでした。
そこで、自然巣の出入り口の幅や巣の奥行き、産座を作る場所の状態などを詳しく調べ、使われなかった要因を検討し、改良を加えていきました。さらにセンサーカメラを使って確認したところ、カンムリウミスズメが人工巣の近くを通過していることや、カラスが人工巣や岩の隙間を頻繁に覗き込んでいること、ハシブトガラスがカンムリウミスズメを捕食していることなどが判明しました。そこで、2016年の繁殖シーズン前に、入り口にカラス除けのパイプなどを取りつけた人工巣を設置(写真④)したところ、3つの人工巣を使って3つがいが繁殖し、合計5羽が巣立ったことが確認できました(写真⑤)。
これまで、試行錯誤が続きましたが、今回の成功で人工巣を使った保護増殖の取り組みに可能性が見えてきました。今後は、繁殖に成功した人工巣のデータを集積して形状の定型化を図り、上陸が難しい繁殖地にも設置できるよう、運搬や組み立てが容易な人工巣を開発していく計画です。
②巣立ったヒナと親鳥。繁殖期以外は陸にあがることなく、ずっと洋上で暮らす。(写真:中村 豊)
③人工巣に向かう姿をセンサーカメラが捉えた。
④繁殖に成功した人工巣。U 字溝をL字に割り、入り口にカラス除けの工夫をし、石でカモフラージュしたもの。
⑤ヒナの鳴き声を確認した1か月後に、3つの人工巣内で合計5個の卵殻を確認。