文=葉山政治 自然保護室
①南アルプスに囲まれた長野県・大鹿村の直下にリニアが通る。奥は赤石岳
リニア中央新幹線のルート
黄色で示した部分が地上を走る区間。86%が地下トンネル
東京(品川)― 大阪間を走る「リニア中央新幹線」の本格的な工事(事業者:JR東海)が、年内にも着工されます。品川― 名古屋間を最短40分、品川― 大阪間を最短67分で結び、東海道新幹線「のぞみ」の半分以下の時間で走行します。車両を地上から10㎝浮上・推進させる「超電導磁気浮上方式」で超高速での走行が実現、この方式の世界初の実用化です。しかし実用化にあたっては、さまざまな問題が起こることが予想されます。そのひとつが、走行ルートとその工事に伴う環境破壊です。リニア中央新幹線は、東京―名古屋間の86%が地下トンネルです。その一部は、国内有数の原生環境を保ち、昨年「ユネスコエコパーク」にも登録された南アルプスの地下を25㎞にわたって貫きます。南アルプス一帯には、中央構造線と糸魚川―静岡構造線という大断層帯が通っているため、掘削には大変な困難が伴い、地下での湧水が起こりやすい地盤です。掘削で大量に発生する土砂の処分や、それが及ぼす動植物・生態系への影響も懸念されています。
南アルプス一帯の地下水脈が分断されることで、地下水がトンネル内に湧出し、地下水や河川流量の減少・枯渇を招き、河川の生態系に影響が出ます。トンネル内で発生した湧水を放流するにも、周辺の河川にはヤマトイワナのような希少種が生息しているため、場所や水質、水温に配慮が必要です。
東京―名古屋間の掘削だけでも5千680m³、東京ドーム45杯分の土砂が発生します。JR東海は発生土を公共事業などで利用するとしていますが、処分先が決定しているのは全体の2割で、かなりの土砂をどこかに仮置きせざるを得ません。仮置きの土砂が南アルプスの景観を損なうだけでなく、大雨で流出や土砂崩れを起こし、人の暮らしと環境に被害を与える懸念があります。
この工事の環境アセスメントで、リニア新幹線が通過するすべての県でオオタカの営巣が、山梨県、長野県でクマタカの営巣が、岐阜県でサシバの営巣が確認されています。その後、JR東海が地元知事の要請で行なった追加調査でも、ミゾゴイ、サンショウクイ、ブッポウソウ、イヌワシ、クマタカ、オオタカ、ノスリといった絶滅危惧種や、ミサゴ等環境の変化に敏感な猛禽類が確認されています。これらのアセスメントは工事で直接環境の改変が行なわれる場所だけの評価で、工事現場への道路や土砂の仮置き場は含まれておらず、10年にわたる広範囲な工事が、環境にどれだけの影響を与えるかは検証されていません。
②南アルプスの山中にも発生土の仮置き場が設置される。写真は、仮置き場の候補地
③山梨実験線を走行するリニア新幹線
④クマタカ/絶滅危惧ⅠB類。標高約300~1000mの発達した森林に生息
⑤ブッポウソウ/絶滅危惧ⅠB類。低~山地の林縁の里山環境に生息し、樹洞を利用して営巣
⑥ミゾゴイ/絶滅危惧Ⅱ類。繁殖地は日本のみ。低地の谷や沢沿いの広葉樹林と針広混交林に営巣
(④⑤⑥写真:石田光史)
「次世代の高速鉄道」として1962年に始まったリニア開発は、国民が環境問題や地球温暖化に関心を持つ現代では、時代錯誤の感が否めません。このような巨大プロジェクトでは、計画段階で環境アセスメントを行ない、複数のプランを比較検討し、より環境に影響の少ない事業計画を検討する「戦略的環境アセスメント」が重要です。その際「事業を実施しない」という選択肢も必要です。しかし現在の日本では、事業計画が決定した後に環境アセスを行なうため、重大な影響があることが判明しても、事業の中止や大幅な変更は不可能です。また、地元住民との合意形成のないままに、計画が進められたことも大きな問題です。JR東海は、住民説明会で「環境や生活への影響は少ないと考える」と述べるのみで、住民側の不安の声や質問に明確な返答を避けています。「日本最後の秘境」として、環境省が国立公園の保護地域の拡張を計画している南アルプス一帯。事業計画が具体的になるに従って、さまざまな問題がさらに明らかになってくると思われます(別表参照)。当会では地元の支部やNGOと連携して、自然環境や鳥類への影響を回避できるように取り組んでいきたいと考えています。
リニア中央新幹線が環境におよぼす影響
環境影響評価に対する環境大臣意見より
[大気環境]
大気汚染/騒音/振動
[水環境]
湧水の発生/地下水位低下/河川流量減少
[土壌環境]
地盤沈下/土壌汚染
[動植物・生態系]
生息・生育環境の改変・消失/希少猛禽類の繁殖阻害
河川量減少による水生生物への影響/夜間照明による影響
[人と自然のふれあい]
工事による騒音・振動などが登山者などの利用の妨げに
[廃棄物]
発生土、発生土置き場