文=安藤康弘 会員室
柳生会長とツバメ音楽隊(※)は
原発被災地・南相馬市を訪れ、被災した市民にエールを送りました。
① 来場者は約350人。ブラジルラテンの音楽のリズムでみなさんの心も軽やかに
② 最後のあいさつでは、柳生会長が涙ながらに原発事故の苦しみを語り、客席からはすすり泣きがもれた
③ 後援の南相馬市の青木紀男教育長から来賓の挨拶をいただいた
日本野鳥の会では、身近な野鳥ツバメの減少を背景に、一昨年より『ツバメを守ろう』キャンペーンを行なっています。その一環として、2011年の福島第一原子力発電所の事故がツバメに与える影響を知るために、福島県南相馬市を中心にモニタリング調査を実施しています。
南相馬市は原発事故の影響を受け続けている地域です。事故直後、人口は震災前の7万人から1万人程度へと減少し、現在も1万4千人の市民が市外の仮設住宅等での避難生活を余儀なくされています。また、すべての水田について3年間、作付けが禁止され放置されています。事故以前は、春になると田んぼに水が張られ、たくさんのツバメの姿を確認することができましたが、いまは雑草が生い茂りツバメの姿はほとんどありません。また、放射性物質に汚染された泥を知らずに巣材に利用するため、高濃度に汚染された巣が見つかっています。
当会ではキャンペーンの初年に、ツバメの暮らしと原発事故がツバメに与えるこれらの影響について、多くの人に親しみながら知ってもおうと音楽物語『あの星のもとの故ふるさと郷』を制作し、音楽ユニット『ツバメ音楽隊』を結成しました。福島を舞台に震災に遭ったお婆ちゃんとツバメとのふれあいを、音楽と語りと映像により構成しています。
これまでは東京で公演を重ねてきましたが、去る2月23 日、原発被災地である南相馬市にて復興を応援するための公演を行ないました。会場には約350人の観客が集まり、それぞれが自らの被災体験と現在の状況をこの物語に重ねているようでした。公演最後のあいさつで、柳生会長は胸を詰まらせながら「人も生きものも苦しむ原発はもういらない」と語り、会場から一斉に拍手が起きるなか幕を閉じました。
④ 国道6号線沿いから見える福島第一原発。現在の状況がどうであるのか、まったくといっていいほど住民に情報は伝えられていない
⑤ 国道6号線の検問所。大熊町では、車内で10 μsv h を越える高い放射線量を記録する場所があった
南相馬市立大おおみか甕小学校は原発から20㎞の地点に位置します。この一帯は放射性物質による汚染は少ないうえに除染もされ、空間線量は東京と変わりません。しかし、原発から近いということで、多くの児童が市外へと移住や避難をし、南相馬市では子どもの数が減りました。
大甕小学校の児童数も、震災前の204人から102人と半分に減少し、仮設住宅にいる子どもたちはスクールバスで通い、その他の子どもたちは親が車で送り迎えをしています。
星校長先生によると、学校以外での運動や遊びを通じたさまざまな体験が自由にできなかったり、一部児童は仮設住宅での生活が長期化している状況にあることから、成長過程にある子どもたちの心理状態を専門のカウンセラーが定期的にチェックしているとのことでした。また、昨年までは提供されていたいろいろな催し物も、今年に入ると極端に減ってしまったとのことです。そこで当会は子どもたちに、音楽を楽しみながら故郷にくらす身近な野鳥のことを知ってもらうために公演することにしました。
24 日の当日は、近隣の太田小学校の児童も合流し、総勢160名の児童が体育館に集まりました。子どもたちは間近でプロの演奏家の生演奏や野鳥の話しを聞き、自作のシェーカーを振って演奏に参加したり、『翼をください』を全員で合唱したりして笑顔いっぱいでした。
星校長先生は、久しぶりに生徒らの明るく楽しそうな姿が見られたと目頭を熱くしていました。私たちも子どもたちの屈託のない表情を見て、なんの罪もない子どもたちのあたりまえの生活を奪ってしまう原発の罪深さを感じないではいられませんでした。
小学校での公演を終えた柳生会長は、南相馬市の桜井勝延市長を表敬訪問しました。桜井市長は脱原発の方針を表明し原発に依存しない町作りを目指しています。その席で昨年7月に当会が企画実施した『福島の原発被災地を訪ねるエコツアー』で訪れた小高地区のことが話題になりました。
小高地区は、かつては「潟」の環境でしたが、大正から昭和初期にかけて干拓事業が行なわれ農地へと変わりました。しかしこの度の東日本大震災の影響で地盤沈下がおき、海水や淡水が流入して、かつての潟のような湿地環境へと変わりました。小高地区の海岸部は放射性物質の汚染がほとんどなく震災前と変わらないものの、原発から20㎞圏内の警戒区域に指定されていた経緯から復興が進んでいません。
前日に私たちを案内してくれた浦尻行政区長・小野田さんは、「国や県は農耕地に戻すのであれば補助金を出す方針を示しているが、農耕地に戻して農業を始めても、風評被害により作物が売れるのかわからず、また若い世代は放射性物質による汚染の懸念や働く場所がないことから地元に帰ることに慎重になっている」と語ります。
一方で、湿地へと変貌した小高地区は、水鳥の生息地になっており、2月に実施した調査ではコハクチョウ260羽、オオハクチョウ289羽、また国の天然記念物に指定されているマガン、ヒシクイなども確認されています。柳生会長は、小高地区が貴重な野鳥の生息地になっており、自然的に価値がある場所であることを桜井市長に伝えました。
桜井市長は「人の命を守ることの大切さ」、柳生会長は「野鳥や生きものの命を守ることの大切さ」を語り、人と自然が共存する社会に原発はいらない、との見解で一致しました。
⑥ 目の前で繰り広げられる音楽隊の生演奏に、小学生たちは目をキラキラと輝かせた。子どもたちの合唱も、美しく響いた
⑦ 日清製粉(株)のご協賛により、大甕小、太田小に野鳥図鑑を贈呈
⑧ 宮沢賢治を尊敬している桜井市長は、今の時代、地に足をつけた生き方が求められると語った
⑨ 小高地区浦尻。地盤沈下で湿地となった場所には、オオハクチョウやコハクチョウなど多数の水鳥が羽を休める
(写真/斉藤ユーリ)
※今回の公演は一般社団法人昭和会館の助成を得て実施されました
※ツバメ音楽隊
音楽を通してツバメの暮らしや保護上の問題を伝えるために結成された音楽隊。
主な演目は『あの星のもとの故郷』
メンバーは、
帆足彩/バイオリン
高田泰久/ギター
伊藤祥子/ピアノ、作曲
石川智/パーカッション