2007年5月22日掲載
2007年1月から2月にかけて宮崎県と岡山県で発生した高病原性鳥インフルエンザについて、農林水産省は5月8日付で日本が清浄国となったことを発表しました。
これは、今回の一連の発生への対応・措置がすべて迅速に完了し、かつその後も広まることがないのを継続して確認し、今なお新たな発生がなかったことから、日本が加盟する国際獣疫事務局(OIE)*が定める規定に従って判断、発表されたものです。
これにより、今回の高病原性鳥インフルエンザは終息したといえます。
*国際獣疫事務局(OIE=Office International des Epizooties):主に国際協力が必要な家畜伝染病の病理やその予防に関する実験や研究、情報提供を行う。世界貿易機関(WTO)の諮問機関のひとつで、160カ国以上が加盟。輸出入に関する動物検疫の安全基準を決める国際機関。
2007年4月に、農林水産省による高病原性鳥インフルエンザの感染経路究明についての「中間とりまとめ」の発表が行われました(詳しい解説は当会ホームページをご覧くださいhttp://www.wbsj.org/activity/conservation/infection/influenza/infl20070509)。
この発表では“現時点で感染経路を特定することは困難”とされていたのですが、この発表を元にした一部の報道は、野鳥がウイルスを持ち込んだと断定的に受け取れる、誤った見出しになっていました。
またマスコミ報道では、感染経路として野鳥のことばかりが目立つようです。しかし、感染経路として一番始めに考えるべきは、発生地と関係する人や物の動きです。これを調べるのが疫学調査で、これには大きな労力と時間がかけられています。ところがこの調査では、誰がいつどこへ行ったとか、どの養鶏場ではどこからどれだけの飼料を仕入れているといった個人情報や企業情報が対象になるため、具体的な発表がなかなか行われません。一方で野鳥の感染調査は、疫学調査に比べてかなり小規模に行われているのですが、個人情報や企業情報が含まれませんので発表には制約がありません。そのため疫学調査についての報道はほとんどなく、野鳥調査の報道は比較的多いということが起こります。
国境を自由に越える野鳥(渡り鳥)が、鳥インフルエンザを運んでいるのかどうかを明らかにすべく、世界各地で広範囲な調査と研究が進められています。こうした活動により、渡り鳥がウイルスを遠い地域まで運ぶ可能性があることは分かってきました。しかし、実際に渡り鳥が通る経路に沿って、鳥インフルエンザで犠牲となった野鳥が発見されたことは世界的にありません。
http://www.wbsj.org/nature/kyozon/influenza/060314.html
国内でもガンやカモなどの渡り鳥がたくさん渡来する場所ははっきり分かっており、毎年定期的に環境省や当会の会員などが渡来数の調査を行っています。今回の鳥インフルエンザの発生時にも環境省によって渡り鳥渡来地での感染調査が行われています。しかしこれまでのところ、このような渡来地で野鳥の大量死などは確認されていませんし、また渡来地の近くの養鶏場でも鳥インフルエンザは発生していません。(環境省の調査結果については当会ホームページをご覧下さい。
http://www.wbsj.org/activity/conservation/infection/influenza/infl20070320)
国内に冬の渡り鳥が渡来するのは9~12月にかけてで、一般的に12月中旬には渡来のピークを過ぎ、1月はほとんど渡らず、2月にはもうロシアや中国方面に向かって戻り始めると考えられています。しかし鳥インフルエンザの発生は、2004年は1月中旬に山口県で発生し、その後2月中旬に大分県、下旬に京都府となっています。2007年でも1月中旬に宮崎県で発生し、続いて岡山県で発生しています。いずれも渡り鳥の渡来が少ない時期か、あるいは帰り始める時期となっています。
野鳥、特に水鳥と称されるガン類やカモ類は、鳥インフルエンザのウイルスを普通に持っています。ただしインフルエンザにはいくつもの型があり、野鳥が持っているものは「低病原性」タイプで、感染しても重症な病気にはなりません。これまで国内各地でニワトリの死亡を引き起こしたり、外国でまれに人に感染して死亡例のあるものは「強毒の高病原性」タイプで、これは「低病原性」タイプと別のものです。「強毒の高病原性」タイプは、「低病原性」タイプのうちの特定の型(H5型またはH7型)が、家禽(ニワトリなど)の間で感染を繰り返すうちに突然変異で生じてしまうと考えられています。
国内では2004年3月に京都で「強毒の高病原性」タイプによるニワトリの死亡が起きた際に、このウイルスに感染したハシブトガラスが確認されたほか、2007年1月に熊本県で衰弱死したクマタカから「強毒の高病原性」タイプのウイルスが検出されました。また、世界的には中国や韓国、ロシア、ヨーロッパでも野鳥への「強毒の高病原性」タイプ感染が確認されています。しかしこれらは、家禽の間で増殖したウイルスが、家禽の死体やフンなどを通じて野鳥に感染したものと思われています。
詳しくはこちらをご覧ください。http://www.wbsj.org/activity/conservation/infection/influenza/infl20051109
世界的に見ても、野鳥から人へ鳥インフルエンザが感染した例はこれまでにありません。鳥インフルエンザは、「強毒の高病原性」であっても人へ簡単には感染しないのです。これは、ウイルスへの適合性があるたんぱく質の種類が鳥と人では違うためです。
アジアでは、鳥インフルエンザがニワトリから人へ感染して尊い人命が失われています。これらの感染例は、飼っていたニワトリのフンの粉塵を吸い込んだり、食用に処理する時に鳥の血液がかかるなどして、ウイルスを大量に取り込んでしまった特殊な例と考えられています。
川や池のカモ、ベランダのハト、庭の餌台に来る小鳥、ゴミ置き場のカラスなど野鳥は身近にいますが、普通に人と野鳥が接している限り、感染につながる大量のウイルスの取り込みはまず考えられません。そのため世界的にも野鳥から人への感染は発生していないのです。
軒先に巣をかけるツバメが鳥インフルエンザを運んでくるのではと不安に思われている方もいらっしゃるようです。しかし、鳥インフルエンザがツバメから人にうつることは考えられません。小さな体で海を越え数千キロも旅をして日本にやって来るツバメたちを、温かく見守ってください。
野鳥がウイルスを運ぶ可能性はありますが、注意が野鳥ばかりに向き、その他の可能性を軽視することは大変危険なことです。前述のとおり感染経路を特定するため最も努力が払われているのは、人や物の行き来を調べる疫学調査です。鳥インフルエンザが人に感染するのは極めて希ですが、人の持ち物や海外からの貨物などに付着、混入して運び込まれる可能性はあります。野鳥以外にも国内にウイルスが入る可能性もあることを前提に、人や物の行き来に対する防疫の強化をさらに進めていくことも必要と考えます。2005年の茨城県と埼玉県での発生の際には、感染が広がった主要な原因は、農場間のニワトリの移動と、人や物の出入りであったとされています。(農林水産省高病原性鳥インフルエンザ感染経路究明チーム報告書
http://www.maff.go.jp/tori/kentoukai/report2005.pdf103~104ページ)
また、今回の農林水産省感染経路究明チームの「中間とりまとめ」では、鶏舎へのウイルスの侵入経路として、防鳥ネットや金網に隙間や破損が確認されたこと、鶏舎内外に野生生物が存在したこと、鶏舎内でネズミの糞や野鳥の死体が確認されたことなどから、野鳥だけでなく、ネズミなど多くの野生動物がウイルスの伝播に関わる可能性が想定されるとしています。
野鳥は、食物にありつけなかったり、悪天候というような環境の変化でも死んでしまいます。これは自然の中で起こる普通のことですから、野鳥の死体を発見したからといって、鳥インフルエンザを疑う必要はありません。
しかし、野鳥が一所でたくさん死んでいたら、それは何か特別な原因の可能性があります。国内でもこれまでに、農薬などの薬物によるものや汚れた餌や水による食中毒のようなケースが知られています。
もしたくさんの野鳥が死んでいるのを見つけたときは、死体は触らないで、お近くの警察、家畜保健衛生所、保健所に連絡してください。